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東京地方裁判所 平成8年(ワ)16471号 判決

原告

東京貨物運送健康保険組合

右代表者理事長

彦田好平

右訴訟代理人弁護士

田口尚眞

小池郁男

被告

牛久市

右代表者市長

大野喜男

右訴訟代理人弁護士

中村光彦

主文

一  被告は、原告に対し、金五〇八万五六四〇円及びこれに対する平成八年九月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

三  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

四  被告が金二五〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金七二〇万二二〇〇円及びこれに対する平成八年九月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、健康保険法に基づき設立された、組合員たる被保険者の保険を管掌する健康保険組合である。

(二) 被告は、地方自治法上の普通地方公共団体であり、国家賠償法にいう公共団体である。

2  事故の発生

平成七年一二月一日午前一〇時四〇分ころ、茨城県牛久市久野町七二五番地の牛久市立奥野小学校(以下「奥野小学校」という。)内において、学校行事として行われていた校内持久走大会を見学中の同校一年生の訴外亡青木諒太(以下「諒太」という。)が、倒れてきたコンクリート製日時計(以下「本件日時計」という。)の下敷きとなって腹部打撲、外傷性十二指腸破裂、多臓器不全等の傷害を負い、その結果、同月二四日に死亡するという事故が発生した(以下「本件事故」という。)。

3  責任原因

(一) 国家賠償法二条一項

(1) 本件日時計は、被告設置にかかる奥野小学校の校庭の植え込み内に設置されていたものであり、被告の公の営造物である。

(2) 本件日時計は、高さ約96.5センチメートル程であり、下から、台座、支柱(重量六〇キログラム)、文字盤(重量68.4キログラム)の三つの部分からなるものである。本件日時計の文字盤は、真上を向いて水平に設置され、児童が日時計の前に立ち、上から右文字盤を覗き込んで時間を読み取るというものであった。

ところが、本件日時計は、鉄筋を用いることはおろか、三つの構成部分をセメント等で固定することさえされておらず、単に右の三つの部分を積み重ねただけの構造であった。

さらに、本件日時計は、奥野小学校の昭和五一年度の卒業生の卒業記念であり、設置から二〇年を経過し、老朽化も十分考えられたにもかかわらず、安全性の点検もされていなかった。

(3) すなわち、本件日時計の設置及び管理には瑕疵があり、本件事故は右瑕疵により生じたものである。

(二) 国家賠償法一条一項〈省略〉

4  損害及び保険給付

(一) 諒太は、平成七年一二月一日から同月二四日まで、保険医療機関である牛久愛和総合病院において、前記負傷につき治療を受け、治療費として七二六万五二〇〇円を要した。

(二) 原告は、原告の組合員であり被保険者であった青木覚(諒太の父親)に対し、同人の被扶養者である諒太の右治療につき、平成八年二月ころ、合計七二〇万二二〇〇円の家族療養費等の給付(以下では「保険給付」という。)を行った。

(三) 原告は、健康保険法六七条一項に基づき、前記保険給付をした価額の限度(七二〇万二二〇〇円)で、諒太が被告に対して有していた損害賠償請求権を取得した。

5  よって、原告は、被告に対し、国家賠償法二項一項又は一条一項に基づき七二〇万二二〇〇円及びこれに対する右保険金を青木覚に支払った最終日の後の日である平成八年九月一日から支払済まで年五分の割合による金銭の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求原因1(一)は知らない。(二)は認める。

2  請求原因2のうち、平成七年一二月一日午前一〇時四〇分ころ、奥野小学校内において、学校行事として行われていた校内持久走大会を見学中であった諒太が本件日時計で傷害を負うという事故が発生したこと及び諒太が同月二四日に死亡したことは認め、諒太が腹部打撲、外傷性十二指腸破裂、多臓器不全等の各傷害を負ったことは知らないが、事故の態様は否認する。

3(一)  請求原因3(一)(1)のうち、本件日時計が、被告設置にかかる奥野小学校の校庭に設置されていたことは認め、その余は否認ないし争う。本件日時計は、校舎前の築山に設置されていたものである。

同3(一)(2)のうち、本件日時計の高さが96.5センチメートルであったことは認め、その余は否認する。本件日時計は、卒業生の卒業記念品であり、その設置時から、日時計としての機能は期待されておらず、記念碑的なものとして扱われ、記念碑的な物として扱われる限り危険な点はなかった。

(二)  請求原因3(二)(1)は認める。同3(二)(2)のうち、諒太が、当日校内持久走大会を見学していたこと及び大会当日見学場所が設置されていたことは認め、その余は否認ないし争う。

同3(二)(3)及び(4)は否認ないし争う。

4  請求原因4はいずれも知らない。

三  抗弁(過失相殺)

本件事故は、小学校一年生で、身長128.5センチメートルの諒太が、本件日時計に乗ったか、乗ろうとしたため、諒太の力か体重が作用して、本件日時計が倒壊して生じた事故であり、本校生徒は、一般に一年生であっても教師から乗ることを目的としない物に乗らないよう指導を受けていた。

四  抗弁に対する否認

否認する。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

第一  請求原因について

一  当事者

弁論の全趣旨及びこれにより成立の真正が認められる甲一一号証によれば、請求原因1の(一)の事実を認めることができ、同(二)の事実は当事者間に争いがない。

二  本件事故の発生

1  請求原因2のうち、平成七年一二月一日午前一〇時四〇分ころ、被告設置にかかる奥野小学校内において、学校行事として行われていた校内持久走大会を見学中であった同校一年生の諒太が本件日時計で傷害を負うという事故が発生したこと及び諒太が同月二四日に死亡したことは、当事者間に争いがなく、諒太が腹部打撲、外傷性十二指腸破裂、多臓器不全等の傷害を負った事実は、弁論の全趣旨により成立の真正が認められる甲一、二号証により認めることができる。

2  前掲甲一号証、原告主張の写真であることにつき争いのない甲一〇号証の三、四、乙一号証の六ないし一〇、成立に争いのない乙二、五、六号証並びに証人村山恵津子及び証人海野孝の各証言によれば以下の事実を認めることができる。

(一) 本件事故当日は、奥野小学校において全校生徒が参加する校内持久走大会が開かれていたが、諒太は風邪のためこれには参加していなかった。校内持久走大会に参加しない生徒は、グラウンド西側の県道側に植えられた桜の木の下に固定してあるベンチで見学することが予定されていたが、諒太は担任教師に指示されて、グラウンド北側の、校舎正面玄関前の本件日時計が設置されていた築山の芝生部分で見学しており、付き添いの教師はいなかった。

(二) 低学年女子による持久走終了近くになり、教師の村山恵津子(以下「村山」という。)が、転んで足をすりむいた児童を保健室に連れて行くため、グラウンドから校舎正面玄関へ向かっている途中、本件日時計の方に視線を向けたところ、諒太は本件日時計に抱きかかえるような形で覆いかぶさっており、その瞬間、本件日時計が後方に傾き、日時計と諒太が同時に後ろ向きに倒れた。

(三) 村山が事故現場にかけつけると、本件日時計の支柱部分が諒太の腹部の上にあり、文字盤部分が顔面にかぶさるようになっていた。

(四) その後、諒太は牛久愛和総合病院に運ばれ手当を受けたが、前記1に認定のとおりの傷害を受け、死亡した。

3  成立に争いのない乙三号証、原本の存在と成立に争いがない甲七号証及び乙七号証によれば、以下の事実を認めることができる。

本件事故前の健康診断の際の諒太の身長は128.5センチメートル、体重は25.4キログラムであった。これに対し、本件日時計は、台座、支柱、文字盤の三段で構成されており、台座及び文字盤の高さはそれぞれ20.5センチメートル、支柱の高さは55.5センチメートルで、全体で96.5センチメートルの高さであり、台座の部分は階段状となっており、右の諒太の身長程度の児童が上部文字盤に手をかけてのぞき込んだり、これによじ登ることも困難ではなかった。そして、支柱の重量は六〇キログラム、文字盤の重量は68.4キログラムであった。しかしながら、本件日時計は、台座、支柱、文字盤が単に積み重ねられただけのもので、文字盤の四方に下方に向かって装飾が施されており、これが事実上歯止めの役割を果たしていたが、それぞれを固定する措置は採られていなかった。

以上の事実に、前記二2(二)、(三)で認定した村山の目撃状況を合わせ考慮すると、諒太は、本件日時計によじ登るようにして上部文字盤に手を添え、これに体重をかけた(諒太が文字盤上によじ登ろうとしたとまでは断定できないが、本件日時計の各部の構造や重量と諒太の体重とを対比すると、諒太は、その体重の大部分を文字盤にかけたものと推認できる。)たために、本件日時計の文字盤と支柱の部分が諒太側に向かって倒れ、支柱の部分が諒太の腹部を直撃したものと推認できる。他に右推認を左右するに足りる証拠はない。

三  責任原因(国家賠償法二条一項)

1  前提となる事実

前掲甲一〇号証の三、四、乙五、六号証、成立に争いのない乙四号証及び証人村山恵津子及び同海野孝の各証言によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 本件日時計は、昭和五一年度の卒業生一同から卒業記念品として奥野小学校に寄贈されたものであり、校舎玄関前の築山(ただし、その周辺部と中央部の高低差は、わずかである。)の中央部に設置されていた。右築山の中には灌木が植えられているが、本件事故当時、本件日時計の前面(グラウンド側)の扇状の部分には灌木は植えられておらず、芝生が張られており、立入りは自由とされていたため、奥野小学校の児童は、日ごろ、本件日時計に寄りかかったり、その周辺で記念撮影をしたりしていた。しかし、本件事故当時は、本来文字盤上部に設置してあったはずの、文字盤に日影を落とす金属製の棒は取れており、日時計としての役割は果たしていなかった。

(二) 本件日時計の形状及び構造は、前記二3で認定のとおりであるが、証人海野孝の証言によれば、当時、奥野小学校の教頭であった海野は、本件事故前に本件日時計の上部文字盤が動くことを認識しており、本件事故直後には、本件日時計の支柱が少しずれていた跡が台座に残っていたことを確認している。なお、本件事故に至るまで、奥野小学校の教員らは、本件日時計が台座、支柱、文字盤を積み重ねただけの構造であることを認識しておらず、したがって本件事故のような事故が発生する危険を感じていなかった。

(三) 奥野小学校では、毎月一回第三木曜日を安全点検日としており、教室内の机、椅子、ガラス、遊具などを対象として安全点検を実施していたが、本件日時計は安全点検の対象とされていなかった。本件事故直前である平成七年一〇月五日には、奥野小学校でサッカーゴールの転倒事故が起きており、それを機に遊具類の総点検が行われたが、その際も本件日時計は安全点検の対象とされなかった。また、奥野小学校では、本件日時計を特に取り上げて、寄りかかったり、上に乗ったりしてはいけないという指導はしていなかったものの、一般的な指導として、乗ってはいけないものには乗るなという指導はしていた。

2  本件日時計の営造物性

本件日時計が、被告の設置にかかる奥野小学校内の校庭に設置されていたことに争いはなく、本件日時計は卒業生からの卒業記念品として設置され、設置場所は児童の立入りも自由とされていたこと、本来日時計は理科の教材的意味合いを持つものであり、本件事故当時は本件日時計は日時計としての機能を失っていたものの、卒業生の記念碑的なものとして管理されていたことは前記認定のとおりである。

以上の事実にかんがみると、本件日時計が奥野小学校において公の目的に供されていたことは明らかであり、したがって、本件日時計は、被告の公の営造物であるというべきである。

3  本件日時計の設置、管理の瑕疵

公の営造物の設置、管理の瑕疵とは、当該営造物が通常有すべき安全性を欠く状態をいうが、右安全性の有無を判断するに際しては、単に営造物の構造のみならず、その用法、場所的環境、利用状況等諸般の事情を総合的に考慮すべきである。

これを本件についてみると、本件日時計は、卒業生の記念品として設置、管理されていたものであり、この上に乗るあるいは覆いかぶさるということがその本来の用法ではないことは明らかである。しかしながら、前記三1(一)に認定の本件日時計の場所的環境、利用状況、前記二3に認定の本件日時計の形状に加え、小学校に在学する児童らの行動特性、さらには、本件日時計は、その外観上、奥野小学校の教員すらその転倒の危険性を感じ得なかったものであることにかんがみれば、奥野小学校の児童らが、本件日時計を教材として興味をもって使用し触れるのみならず、これを遊具として好奇心をもって接したり、気楽に戯れたりし、場合によってはこれによじ登る可能性があることも容易に予測できるところである。したがって、本件日時計は、児童らが寄りかかるあるいはそれによじ登るなどの行動に出たとしても容易に転倒しない程度の安全性を有していない以上、通常有すべき安全性を備えていなかったというべきである。そして、前記認定の本件日時計の形状及び構造並びに本件事故当時における本件日時計の状態にかんがみれば、本件日時計が右の程度の安全性を有していなかったことは明らかである。

要するに、本件事故の発生の前提となった諒太の行動は、諒太のような低学年の児童の行動としては、本件日時計の設置場所やその利用状況にかんがみ、設置、管理者に通常予測しうる範囲内でのものであるから、本件事故を諒太の異常な行動によるものということはできず、本件事故は、本件日時計が通常有すべき安全性を欠いていたために生じたものである。したがって、被告による本件日時計の管理には瑕疵があったというべきである。

四  損害及び保険給付

請求原因4(一)及び(二)の事実は、前掲甲一、二及び一一号証、原本の存在及び成立に争いのない甲三号証により認めることができる。

第二  抗弁について

前記に認定のとおり、本件事故は、諒太が本件日時計によじ登るようにして体重をかけたために生じた事故であるところ、諒太は、本件事故当時七歳六か月の児童であった(前掲甲一号証により認められる。)ことにかんがみると、社会生活に伴い発生することのある諸々の危険を自己の判断により予見し、これを回避するだけの社会的能力を完全に有していたとまで推認することはできないが、前記第一、二の3で認定の本件日時計の形状等も考慮すると、諒太は、本件日時計は乗ったりよじ登ったりするものではないということを認識するだけの事理弁識能力があったと推認できる。

しかしながら、他方、諒太は、全校持久走大会に参加せず、本件日時計付近でこれを見学させられている際、諒太が退屈することも十分予測し得るにもかかわらず、担任教師により本来の見学場所と異なる本件日時計付近で見学するように指導されたのみならず、これに付き添いこれを監督する教師もいなかったことなどの諸般の事情からすれば、諒太が被告に請求し得る損害賠償額の算定に当たっては、諒太の右過失を考慮し、三割の過失相殺をするのが相当である。

そして、請求原因4の(一)の七二六万五二〇〇円に七割を乗じると五〇八万五六四〇円となる。

第三  結論

以上の次第により、原告の請求は、五〇八万五六四〇円及びこれに対する保険金を青木覚に対して支払った最終日の後の日である平成八年九月一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、仮執行の免脱宣言につき同法一九六条三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鈴木健太 裁判官比佐和枝 裁判官本多幸嗣)

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